1首都圏の虎 ★2020/08/19(水) 21:01:17.09ID:CAP_USER9  1980年代後半から1990年前半の人気絶頂期に注目を浴びたのは、現在もタレントとして活躍している益子直美。日本代表のユニフォームを身にまとい、スレンダーで可憐な容姿から想像つかないパワフルなプレーで旋風を巻き起こした。

 その益子と同じイトーヨーカドー所属(現在は休部)でブレイクしたのが、斎藤真由美である。どことなくエキゾチックな雰囲気を漂わせ、強肩を活かした海外選手並のダイナミックなスパイクは、多くの人々を魅了した。

 1990年代前半、日本代表にエースとして彗星のごとく現れたのが、山内美加。彼女の武器は、多くの日本人選手がまだモノにしていないバックアタック。キュートな顔立ちも印象的でトレードマークの茶髪をなびかせながら、コート上でフワッと宙を舞う。高い打点からアタックをたたき込む姿は鮮烈で美しかった。

 しかし、1990年代の後半以降、女子バレーボールは実力、人気ともに低迷期に入る。1996年のアトランタオリンピックには出場するも予選リーグ敗退。2000年シドニーオリンピックの出場を逃すなど、世界のトップ舞台から遠ざかった。

 そんな苦しい時代を抜け出す救世主として現れたのは2人の『姫』だ。1人は「プリセンス・メグ」の愛称で、2003年のワールドカップでデビューした栗原恵。スタイリッシュないで立ちと愛らしさから一躍スターダムに押し上げられ、2004年アテネオリンピック、2008年北京オリンピックに出場。女子バレーボールの一時代を築き上げた「美のエース」といっても過言ではないだろう。

 もう1人の姫は、華奢で透きとおるような白い肌がチャームポイント。華麗なダイビングレシーブを得意とし、躍動感あふれるプレーでブレイクした「かおる姫」こと菅山かおるだ。2005年のワールドグランドチャンピオンズカップにおいて、身長169cmの小さなエースは持ち前のテクニックを存分に見せつけた。その後、菅山はビーチバレーボールに転向したが、自慢の美肌は最後まで守り通した。

女子バレーボールには美女アタッカーだけではなく、「守りの女神」も存在する。その筆頭が2013年に全日本のリベロとしてデビューした佐藤あり紗。鼻筋の通った気品ある顔立ち、コートでもぱっと目を引くキラキラしたオーラは、『女神』という表現がぴったりくる選手だ。

 最後に取り上げたいのは、2004年のアテネオリンピック世界最終予選で『スーパー女子高生』としてデビューを飾って以降、女子バレーボール界の中心的存在だった『サオリン』こと木村沙織だ。およそ13年間、世界の舞台で長く活躍し2012年ロンドンオリンピックで銅メダル獲得に貢献した。身長185cmのオールラウンダー、世の男性を虜にした抜群のプロモーションとルックスは、引退した今でも語り継がれる。現在木村はカフェを経営しファッションリーダーとしての顔も覗かせるなど、女性からの人気も獲得している。

全文はソース元で
https://news.yahoo.co.jp/articles/3674ba52baf1ffa44c76fcbdd5e706b8fd0ebaa6?page=2
https://amd.c.yimg.jp/amd/20200818-00000054-sasahi-000-6-view.jpg

364名無しさん@恐縮です2020/08/19(水) 23:41:26.20ID:cOrFs0jK0

大林素子は当時、美少女枠だったと記憶しているが、俺の記憶違いか?

827名無しさん@恐縮です2020/08/21(金) 19:41:00.79ID:31V7bMeh0

吉村パイセンはよはよはよはよ