1爆笑ゴリラ ★2020/12/05(土) 06:49:25.70ID:CAP_USER9 12/5(土) 6:15配信
東スポWeb

97年に当時の日本記録に並ぶ代打9打席連続出塁を記録し、爪痕だけは残したカステヤーノ

【球界平成裏面史・巨人編(3)】昨年から巨人でアドバイザーを務めているウォーレン・クロマティは、平成時代に最も輝かしい成績を残した外国人選手だ。平成元年(1989年)にはプロ野球最長記録の96試合まで打率4割を維持し、球団歴代最高の3割7分8厘をマーク。この年の優勝に貢献してリーグMVPにも選ばれた。

【写真】G最恐助っ人・ガルベス

 記者イジリも好きで、私が公衆電話で会話している最中、受話器を奪い取って「もしもし! 私クロウ! ジャイアンツ勝ったよ!」などと日本語で絶叫。歯に衣着せぬ性格で、舌禍事件や乱闘騒ぎも起こしている。

 巨人が日本シリーズで西武に4連敗した平成2年、7年の助っ人生活を終了。最後に「今年よりも安い年俸なら契約すると言われたんだ。信じられないよ、あれだけ貢献したのに」と不満をぶちまけた

 帰国後、「さらばサムライ野球」という回顧録を出版。「王(貞治監督)は選手にもフロント職員にもバカにされていた」「篠塚(和典)はよく三味線(仮病)を使うシャミヅカだ、そう言う俺はシャミマティだ」などという暴露的な内容が物議を醸した。が、巨人関係者が怒っていると聞いても、クロマティは「ごめんねー。でも、全部本当のことだからねー」と、またも日本語で笑い飛ばしていたものである。

 クロマティとは逆に、まるで活躍できないことで注目を集めたのが、平成9年(97年)のルイス・デロスサントスだ。台湾プロ野球で打撃と守備のタイトルを3年連続獲得、通算打率3割6分1厘を誇り、「台湾のイチロー」という触れ込みで来日。当初、長嶋茂雄監督は「史上最高の助っ人になりますよ」と断言するほどだった。

 キャンプ、オープン戦中に走攻守の欠点が露呈しても、長嶋監督の評価は変わらず。「ルイスは開幕したらやる。賭けてもいいですよ、ええ」と言い出した。平成8年から14年まで在籍した趙成を初めて見たときも、「江川(卓)なんか問題じゃない」と言ったほどで、いったんゾッコンになったら絶対に譲らないのである。

 そのルイスに「三塁守備がヘタで安心して投げられない」と、キャンプ中に指摘したのがエリック・ヒルマン。そう言う自分も「左肩に小錦(元大関)が乗っているようだ」と肩の痛みを訴え、練習も登板も拒否。これが「三味線」かと疑われ、東京ドームのベンチで独断で会見を開く。「腕を切り落としたいぐらい痛いんだ」と主張してわれわれ記者たちを驚かせた。

 結局、ルイスの方は37試合、打率2割3分7厘で二軍落ち。代わって6月に加入したペドロ・カステヤーノがまた来日会見でとんでもない大ボラをぶち上げた。

「ロッキーズにいた去年(96年)は、野茂(英雄)にノーヒットノーランをやられた。俺もあの試合に出ていたんだよ。三振と内野ゴロだったかな」

 これがその日のうちにウソだと判明。球団広報は慌ててマスコミ各社に「野茂関連の発言は使用しないでください」と、FAXで要請している。

 ちなみに、バルビーノ・ガルベスが審判に向かってボールを投げつけたのは翌年の平成10年。この2年間は、巨人の球団史に残るお騒がせ外国人選手の当たり年でもあった。(赤坂英一)

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https://news.yahoo.co.jp/articles/f00a4e2094cfa40af682ba5174f60d2d856eacc6

3名無しさん@恐縮です2020/12/05(土) 06:57:18.58ID:cGwzNnQe0

マント

6名無しさん@恐縮です2020/12/05(土) 07:01:26.34ID:JQG7o5qh0

チョソンミンていたな
懐かしい