出典:EPGの番組情報

NHK地域局発 かんさい熱視線「阪神・淡路大震災 27年後の“新たな一歩”」[字]

当時子どもだった世代が震災体験を語り始めている。亡くなった両親を「恨んできた」人。弟2人の焼死体を目にし、その存在を封印してきた人。悲しみと再生の日々。

番組内容
阪神・淡路大震災当時、子どもだった世代が震災体験を語り始めている。7歳の自分をおいて逝った両親を「恨んできた」という男性。この冬、学校で初めて震災体験を話す。弟2人の焼死体を目にし、その後弟の存在を「隠し続けてきた」という男性は、語り部となり消防団の活動に力を入れている。あの日に生まれた男性は、生きる意味を探し続けてきた27年間を語る。悲しみと向き合いながら、記憶を語り継ごうとする人々を追う。
出演者
【アナウンサー】近田雄一

ジャンル :
ニュース/報道 – 報道特番
ニュース/報道 – ローカル・地域
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

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  18. 年前
  19. 一緒
  20. 活動

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

NHK
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(鈴の音)

27年前の阪神・淡路大震災で
両親を失った前田健太さんです。

前田さんは 当時7歳。

自分を置いて逝った両親に
ある思いを抱えていたといいます。

1995年1月17日。

兵庫県南部を襲った 震度7の激しい揺れ。

6, 434人の尊い命が奪われました。

この冬 前田さんは

長年 誰にも言えなかった思いを
兄に打ち明けました。

あんまり…。

そうそう そうそう。 よくある…。
そうそう そうそう。

そして 自らの体験を
初めて人前で語る決意をしました。

阪神・淡路大震災から27年。

悲しみと向き合いながら 新たな一歩を
踏み出そうとする人たちを見つめます。

滋賀県甲賀市にある
全寮制の中高一貫校。

おはようございます。 おはよう。

おはようございます。
おはよう。

学校職員の前田健太さん 34歳です。

ふだんは 寮のスタッフも務め

生徒たちの よき相談相手になっている
前田さん。

これ結構 好評だった。
結構いってたで。

震災について
長年 口を閉ざしてきたのには

ある理由がありました。

前田さんは
7歳の時に震災で両親を亡くしました。

父 隆さんと 母 昌子さん。

いつも笑顔の絶えない家庭でした。

27年前の あの日の朝。

西宮市の自宅の2階で
目を覚ました前田さん。

辺りを見回すと 隣で寝ていたはずの
両親がいないことに気付きました。

前田さんは 偶然通りかかった
消防隊によって救助されます。

そして その日の昼前
崩れた1階から両親が運び出されました。

残されたのは 3人のきょうだい。

前田さんと一緒に救助された
兄 秀和さんと

震災当時 離れて暮らしていた
姉 優子さんです。

年の離れた兄や姉は
親代わりとなって接してくれました。

しかし 両親への思いは募っていきます。

両親のいない授業参観や
友達が家族で歩いている姿を見ることが

苦痛になっていった前田さん。

両親への思いは 次第に
ある感情へと変化していったといいます。

こうした気持ちを兄や姉にも話せず
一人 抱え込んできました。

頂きます。
(一同)頂きます。

前田さんの兄 秀和さんです。

今は 徳島県で
妻と2人の子供と暮らしています。

当時 高校生だった秀和さん。

両親がいない中 アルバイトをしながら

弟の健太さんを育てました。

きょうだい3人で暮らす中

健太さんが涙を見せることはなかったと
いいます。

前田さんは 5年前に結婚しました。

そして 両親への思いに変化が訪れます。

怖ない?
怖くない。

本当?
うん。 もうちょい押すよ?

親になって初めて

子供を置いていった両親の無念さに
思いをはせることができたといいます。

そして この冬
勤務する学校から依頼を受け

自らの体験を語ることを決意したのです。

神戸の街は復興が進み
ビルが立ち並ぶようになりました。

当時の体験を伝える語り部の高齢化も
進んでいます。

神戸大学などの調査では

語り部の75%が
60代以上であることが分かりました。

「震災の記憶を風化させないために」。

今 当時幼い子供だった世代が
重い口を開き始めています。

当時7歳だった柴田大輔さん。

自宅が全壊し 2人の弟を亡くしました。

同じような犠牲を二度と出したくないと
語り部をしています。

3人兄弟だった柴田さん。

当時3歳の宏亮くんと

1歳の知幸くん。

あの日 崩れた家の中で

宏亮くんの泣き声が
聞こえてきたといいます。

柴田さんは 両親と共に助け出されます。

そして 2週間後
火災で焼けた自宅の跡で

弟たちの姿を目の当たりにしました。

脳裏に焼き付いた弟たちの最期。

柴田さんは その後 弟がいたことを
周囲に隠すようになりました。

29歳で結婚した柴田さん。

妻と出会った時も

「自分は ひとりっ子」だと
うそをついたといいます。

転機となったのは

地元 神戸の語り部グループに
声をかけられたことでした。

第8分団 総員17名 現在11名。

「弟の死を経験した自分にしか
できないことがあるはずだ」。

今 柴田さんは
消防団の活動にも力を入れています。

長年 亡くなった両親を恨んでいた

前田健太さんです。

おはようございます。

震災の体験を初めて語る3日前

どうしても
話をしておきたい人がいました。

お邪魔します。
どうぞ どうぞ。 待ってました。

父親代わりとなって育ててくれた
10歳年上の兄 秀和さんです。

そうそう そうそう。 よくある…。

ああ そう。

うん。
わあ~…。

秀和さんが口にしたのは
前田さんが両親と過ごした7年間の日々。

ありがとう。 じゃあね また来るわ。
は~い。

元気で。
はい。

両親や兄弟の愛情に支えられ
今の自分がある。

生徒たちに伝えるべきことを
夜遅くまで考え続けていました。

「あの惨劇を忘れないために
私たち若者がするべきこと」。


震災を直接体験していない世代による

記憶の継承も
始まっています。

10代から20代前半の35人が所属する
語り部グループ。

代表の藤原祐弥さんです。

藤原さんたちは 1年ほど前から

震災を体験した人の
聞き取りを行っています。

失礼します。 藤原です。
今日はよろしくお願いします。

この日訪ねたのは

息子を亡くした 崔 敏夫さん 80歳です。

大学生だった 息子の秀光さん。

成人式のために 東京から帰省。

震災前日に東京に戻る予定でした。

しかし崔さんは
体調が思わしくない息子を心配し

もう一日 神戸にいるよう
引き止めたのです。

2日後。

藤原さんの姿は
神戸市内の高校にありました。

息子を亡くした崔さんの
強い後悔の思いを 生徒たちに語ります。

体験者の思いを伝えることで
震災の記憶を受け継いでほしいと

活動を続けています。

おはようございます。

震災で両親を亡くした前田健太さん。

初めての講演の日を迎えました。

語る相手は 寮で一緒に過ごす生徒たち。

兄 秀和さんも徳島から駆けつけました。

(拍手)

最後に
親元を離れて寮で暮らす生徒たちに

伝えたいことがありました。

長くなりましたが
ありがとうございました。

(拍手)

かかったっていうか…

新たな年を迎えた今月。

前田さんは
両親の墓参りに訪れていました。

自分を育ててくれた両親への感謝。

語り部として その思いを伝えていくと
誓いました。

Source: https://dnptxt.com/

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