出典:EPGの番組情報

関ジャム 完全燃SHOW クラシック畑からポップス界へ…業界大注目の音楽家たち[字]

Vaundyの作品にも参加する音楽家・江﨑文武、King Gnu常田大希の兄でミレパのメンバーでもあるヴァイオリニスト・常田俊太郎らクラシックをルーツに持つ3人の音楽遍歴とは

◇番組内容
クラシック畑からポップス界へ…今回はいま業界大注目!クラシックをルーツに持つアーティストの異色とも言える音楽遍歴を紐解く!

実験的なサウンドで多くのプロたちが絶賛するバンド・WONKのキーボーディスト、更にはKing GnuやVaundyの作品にも参加中の音楽家・江﨑文武、そして、King Gnu・常田大希の兄でmillennium paradeのメンバーでもあるヴァイオリニスト・常田俊太郎、CMや映画音楽も手がける小田朋美の3人が登場!
◇番組内容2
彼らクラシックをルーツに持つアーティストたちの経歴を調べてみると…異色の経歴を持つことが明らかに!彼らが触れてきた音楽とは?最後には貴重なセッションも実現!
◇出演者
関ジャニ∞
支配人:古田新太
アーティストゲスト:江﨑文武、小田朋美、常田俊太郎
トークゲスト:松下奈緒、高橋茂雄(サバンナ)、山田涼介(Hey! Say! JUMP)
◇おしらせ
☆見逃し配信はTELASAとTVer!「関ジャム」で検索!!

☆番組Twitter
 https://twitter.com/kanjam_tvasahi

☆番組ホームページ
 https://www.tv-asahi.co.jp/kanjam/

ジャンル :
バラエティ – お笑い・コメディ
バラエティ – 音楽バラエティ
バラエティ – その他

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  1. 村上
  2. 江崎
  3. 結構
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  7. ピアノ
  8. 小田
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  11. 本当
  12. 自分
  13. ハマ
  14. ピエロ
  15. 一緒
  16. 演奏
  17. バイオリン
  18. 丸山
  19. 山田
  20. 出会

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

♬~

今夜の『関ジャム』は…。

和音には それぞれ

決められた役割が
あるんじゃなくて…。

(古田)なるほど。
(大倉)そういう事か!

先日 清塚信也と

音楽の不思議について
ひも解いてくれた

江崎文武だが…。

実は この江崎

ジャズやソウル
ヒップホップなど

さまざまなジャンルの音楽を
取り入れ

実験的なサウンドで
多くのプロたちが絶賛するバンド

WONKの
キーボーディストとして活躍。

更に
King Gnu 常田が主宰し

その高い音楽性で
音楽業界が大注目している

millennium paradeにも参加。

昨年末の『紅白歌合戦』にも
出場するなど

今 活躍の幅を大きく広げている。

そんな

クラシックを原点に持ち

東京藝大で学び

その後 東京大学の大学院に
進学するという

異色の経歴を持つ事が明らかに。

更に 江崎と同じように
クラシックをルーツに持ち

今 業界最注目の2人が登場!

King Gnu 常田大希の兄で

millennium paradeの
メンバーとしても活躍する

常田俊太郎。 更に…。

5人組バンド
CRCK/LCKSをはじめ

数々の音楽活動を行う

東京藝大出身の小田朋美。

クラシック出身の彼らが見てきた
音楽とは?

文武さん 早いですね
2回目 やっぱり。

本当ですね。

(村上)ごめんなさい。
清さんがおったから

ごめんなさい…。
(江崎)いやいやいや…。

(一同 笑い)

皆さん… つながりが
もう おありなんですよね?

そうなんです。
(小田)そうですね それぞれ。

ルーツは まあ クラシック
というところにありながら

こう ポップスの道に行く
過程の中での

出会いであったりというところも
密接につながっていくという事で。

さあ 涼介は 初の『関ジャム』。
はい。

クラシックとかは 涼介
普段 そこまで聴かないでしょ?

大変申し訳ないんですけど
なかなか やっぱり その…

普通に生きてたら
携わる事って あんまりない…。

(村上)そうやねんな。
ポップスから入るしね。

(山田)大体 そうじゃないですか。
だから 今日は ちょっと

楽しみなんですよね。
(村上)聞いて 聞いてよ それは。

お話 聞くのが 本当に…。
(村上)奈緒さんはね もう…。

私は 一応…
大学は音大だったんですけど。

ただ でも そのきっかけが
どういう風に 皆さん

興味を持たれて
どういう風な道にっていうのが

すごい 今日 興味があって
すごい 気になる事がたくさん…。

(村上)三者三様でしたからね。

さあ では まずは
文武さんのルーツから

いきたいと思います。 さあ 年表
まとめさせていただいたのが

改めて こちら。
さあ タタタタッといきます。

4歳の頃 もう
ピアノには触れてらっしゃる。

ご両親も
音楽好きでいらっしゃって。

まあ まあ… 藝大に現役合格して

東大の大学院でも
学び直してという。

俺ら もう 大阪芸大の人は…。

(村上)東京藝大に対してはね。

さあ では 2歳から3歳の頃
何にハマられたのか?

はい こちら。

(丸山)そこなんや。
(安田)どのタイミングよ。

2歳から3歳の頃
何にハマられたのか?

はい こちら。

ビートルズに ここで もうハマると。

(丸山)そこなんや。
(安田)どのタイミングよ。

(村上)そういう事よ。
(江崎)実は なんか

おなかの中にいる時から
ずっと 両親が

ビートルズだったり…。
(安田)胎教や。

(江崎)カーペンターズだったり
クラシックだったり

ジャズだったりを
たくさん かけていて。

そう… 音楽が すごく好きな
両親のもとで育って。

最初に認知したアーティストが
ビートルズだったっていう。

(村上)人生で
一番最初に認知したの?

(江崎)そうなんです。
商店街とか行って

ビートルズが流れてたら
「ビートルズ!」って言ってた…。

(高橋)ええー!
(村上)もう 認識できてたんだ。

他の曲… ビートルズと
ビートルズ以外っていうのを。

(江崎)うん そうですね。
(古田)すごいな。

俺 自分の娘が赤ん坊の時…。

(一同 笑い)
(村上)どうなったの?

どヘビメタ。

(江崎)そう… でも まあ
ビートルズにハマったんですけど

一番最初に親にねだって
買ってもらったCDは

『ポケモンかぞえうた』だったので。
(高橋)ええー!

(丸山)もう ポップス入ってきてる。
(村上)そこやな。

そして 7歳の時
初めて何を作ったか? こちら。

オリジナル曲を 7歳で。
(高橋)7歳で?

すごく短い曲だったんですけど
なんか…。

♬~(ピアノ)

(丸山)もう やばいな。
…みたいな。

(村上)これ 7歳?
(高橋)名曲やん。

もう ゲームのダンジョンとか
入る時に使えるやつやん。

そうですよね。 ちょっと
ゲームっぽいなとかも思いながら。

タイトルは…。

ええー!
(村上)そこまで? タイトルも…。

だから 世界観 ちゃんと もう
見えてたって事でしょ?

…みたいですね。
(横山)7歳やろ?

更に 小3の頃には

クラシックの形式を意識した
曲作りを始めていたそうで…。

小3の時の その時のままの
なんか ノートなんですけど

「オリジナル」って書いてあったり。
(丸山)小3はジャポニカやろ。

(江崎)なんか ちょっと
演奏の指示とか

書いてあったりとか。

一番最初に 多分
形式をもって作ったのは

多分… ロンド形式っていう
形式があって。

ロンド形式って
なんか あの…

一番有名な曲だと
『エリーゼのために』。

ある意味 こう
ロンド形式って

呼ばれるんですけど
あの曲も こう…。

♬~(ピアノ)

っていうテーマがあって
途中に えーっと…。

♬~

(江崎)…って ちょっと
明るくなるところがあって。

でも それが終わったら また…。

♬~

戻ってきて。 そのあと また…。

♬~

こう 劇的な展開があって
そのあと また…。

♬~

…に戻ってくるみたいな。
なので その

1つのテーマを こう
いくつか分散しておいて

その間に別な展開を挟む
みたいな作り方があるんだよ

っていうのを 当時 教わって。

じゃあ それで
曲を作ってみようっていって

さっき あの… 書いてた楽譜…。

♬~(ピアノ)

これを なんか テーマに…
別々なテーマを入れて。

(村上)それを理解してるもんね。

でも なんか 大人になって
気付いたんですけど

『ポケモンかぞえうた』も
ある意味

ロンド形式っぽい作りをしてるな
と思って。

っていうのは こう

「ポケモン言えるかな?」っていう

最初の導入があって そのあと

「ピカチュウ/カイリュー」みたいな
並びがあるじゃないですか。

(村上)キャラクターの名前があって。
(江崎)そう キャラクターの名前。

そのあと
「ラ・ラ・ラ 言えるかな?」。

「ポケモンの なまえ!」っていう
歌の部分があって。

そのあと また数えるところに
戻るじゃないですか。

また次 また別の展開で
歌っぽくなるみたいな。

ポケモンの名前を言う
っていうところと

ちょっと 音楽的な展開があって
また言う また戻るみたいなのが

ある意味 なんか そういう
形式的なところでは…。

『ポケモン』を解析すなよ
小学生の時に。

(村上)『ポケモン』を
ロンドで聴いた人

いないと思いますよ。
(江崎)そうですよね。

あの曲 冒頭に ビートルズの
『I Am The Walrus』っていう曲が

サンプリングされてたりとかして。
(横山)ええー!

じゃあ 入ってるっちゃ
入ってるんですか?

そうなんです。 かなり
いろんな意味でルーツになる…。

(高橋)ええー!

めっちゃ聴きたなってきた
『ポケモンかぞえうた』。

訳わからへんやろ? もう 涼介。
冒頭から すごい… 濃いやろ?

だって 今やれって言われても
5年はかかるなって思いますもん

そんなの。 ロンド形式で。
(村上)松下さん そんな

他の曲 クラシックに分解して
聴いたりします?

聴かないですよ。
好きなものは好きって

流れで聴いちゃうし。
でも 今 説明していただくと

やっぱり そうなのかなっていう
そういう…

起承転結っていうか 展開が

どんな事にも
必要なのかなっていうのは…。

(村上)言われてみればね。
(松下)どういうジャンルであれ。

それが すごく 今
ああ そうなのかなと思って。

そして 12歳になった文武少年は

名だたるプロたちが出演する
フェスに初参加。

本当 いろんな

プロのミュージシャンの
方々の音楽を…。

このフェス
福岡の中心部で

無料で開催されてる
フェスで。

なので いろんな
アーティストさんの音楽を

タダで聴けるっていう。
(村上)一挙にね。

学生としても すごくありがたい
企画になっていて。

まあ ここに出演されていた方々の
音楽からは

非常に影響を受けているなと
思います。

プレーもされたんですか?
(江崎)そうですね。

演奏してました。
(村上)ちなみに

何を演奏されたの?
(江崎)小6で初めて出た時は

ピアノソロで出て

久石譲さんの曲だったり

あと 千住明さんって
『砂の器』の曲を弾いたりとか。

これは 中学生になってからなので
中1とかですね。

そう… この中1の時は
ジャズバンドで。

(安田)ああー! ジャズバンドで
もう 出てるんだ。

カメラさんも なんか
「マジか!?」で撮ってるもんな。

中学生になると

ジャズを独学で勉強。

中学になってからは
ジャズバンドを組み始めた…。

中学で ジャズバンド?
(江崎)そうです。

メンバー どうやって集めるの?
ジャズバンドなんか

やるヤツおる?
(江崎)いや そうなんですよ。

それが たまたま 本当に
中学に上がる頃に

こう ドラムの友達と
ベースの友達がいて…。

それ 同い年ぐらいのヤツですか?
そう 全く同い年で。

なんか 「じゃあ 一緒に
ジャズできるね」みたいな風に…。

「一緒に ジャズできるね」?

中学の時に?
そうなんです。

まあ でも 学校では
そういう出会いは 全くなくて。

まあ 本当 周りのみんなは

東京事変さんだったりとか
BUMP OF CHICKENさんとかを

めちゃくちゃ聴いてる
世代だったんですけど

もう 僕だけ

「いやいやいや エヴァンスが
最高なんだよ」とか。

(村上)話 通じないでしょ?

(江崎)全然 そういった意味では
友達できなかったですね 本当に。

さあ そして 18歳 東京藝大に

現役合格しましてというとこで。

映画 アニメーションの音楽制作も
学ばれます。

さあ そこで出会うのが こちら。

常田さん

そして 石若さんと出会って

で WONKのドラム 荒田さんと

出会うというのが 18の時。

もう 東京に出てきたっていうのは
なんか 僕にとって やっぱり

一番 こう 重要な出来事だったな
と思うんで。

やっぱり その… まあ 福岡で
そういう出会いはあったものの

やっぱ こう そういう
ジャズの話とかができる友達って

そう多くはないので。
なんか 東京に出てくると

同じような音楽が好き
って言ってるニッチな友達が

わんさかできて 本当に 楽しい…

音楽って楽しいっていう
気持ちになって。

ようやく こう なんか 理解者が

たくさん出てきた
というような感覚?

はい まさに まさに
そうなんですよ。

もう 話 弾んで
しゃあなかったわけですか?

仕方なかったですね はい。

小田さん
メンバーじゃないですか。

結構 つながりはあって。

「昨日 会ったよ」とか
「いろんな現場で こうだったよ」

みたいなのは 結構ありました。
(江崎)僕 入学した時には

もう 小田さんは
すごい 先輩だったんで

いろいろ活躍されてて
なんか こう

駿と一緒にバンドをやってる
って事もあって

なんか 本当 いろんな現場で…
でも 鍵盤同士だったりするんで

なかなか
現場でご一緒する事がない…。

(村上)そうか そうか。
(江崎)そうなんです。

同じ楽器なので はい。
…なんだけどね

いろんなところで重なってました。
(村上)この辺りから じゃあ

もう 鍵盤で ごはん食べていこう
っていう意識は

強くなってきたんですか?
(江崎)鍵盤っていうか

ピアニストとして生きていこう
って思った事は全くなくて。

(村上)今も?
(江崎)いや 今は…

結果 そうなってるんですけど

ずっと 僕 ロボットエンジニアに
なりたかったんですよね。

(高橋)ええー!
(安田)全然違うやん。

ロボットエンジニアっていうのは
ロボット作りたいって事ですか?

小学生の頃に
なんか 音楽とは別で

なんか サッカー…
自律型のサッカーロボットって

まあ これなんですけど。
(高橋)これ 作ってたん?

(村上)ロボット工学とか
そっちの方…?

そうですね
作って プログラミングして

みたいな事をやってて。 なんか
そっちが すごく楽しくて。

将来は エンジニアになりたいって
ずっと思ってたんですけど。

なのに いろんな音楽友達から
引っ張りだこじゃないけど…。

なんか… そうですね

一緒にやろう 一緒にやろう
っていうお誘いをいただいて

今につながってる
っていう感じですね。

それ 藝大の時

でも 早稲田のジャズ研究会に

参加してたんでしょ?
(江崎)はい。

それも じゃあ 呼ばれて?
(江崎)いや それは

藝大の中に
ジャズをやる場所っていうのが

全くなくて。
(村上)ああー そういう事か。

(江崎)そうなんです。
(村上)じゃあ 早稲田の…

早稲田大学行けばあるし
っていうぐらいな?

そうなんです。
一番 日本で歴史の古い…。

そうだね。 タモさんがおった…。
(江崎)そうなんです。

在籍してる時は
タモリさんとも

なんか その…。

(江崎)そうです。
毎年 必ず お越しいただいてて。

…聴いていただいて。
(高橋)すごいっすね。

(江崎)そうなんです。
すごくお世話になって… はい。

そして 江崎は

21歳の時 WONKを結成。

(村上)この辺りからは 皆さんね
音楽好きの方は

もう ご存じかと
思いますけれども

常田さんと millennium parade
キーボーディストとしての

レコーディング参加もあり

そして 先ほど
ありました

東京大学の
大学院。

幼児の音表現支援の研究?

(江崎)はい。 これは

皆さん 自分の絵っていうのは

きっと
描かれた事がありますよね。

(山田)はい。
(江崎)…なんですけど

自分の音楽って作った事ない方が
ほとんどじゃないですか。

でも 音楽も絵画も
自己表現のツールになり得るのに

なんで そういう事が
起きてしまうんだろうって

思った時に きっと 小さい頃に

「ピアノがうまくないと」とか
「歌がうまくないと

音楽っていうのは
やっちゃダメなんだ」みたいな

なんか そういう圧力のある教育を
やってしまう事が

問題なんじゃないかなと思って。

なので 楽器とかが弾けなくても

楽譜が読めなくても
歌が上手とかじゃなくても

自分の音楽を作れるような
仕組みを作りたいなと。

すげえ!
(江崎)まあ あの

幼稚園児が簡単に扱える

サンプラーみたいなものを
開発して。

例えば 「じゃあ 今日は
カエルの鳴き声を作ってみよう」

みたいなテーマを出して

みんなに タブレットを配って

幼稚園の中で カエルの鳴き声に
近い音みたいなやつを

録音してきてもらって。
なんか それを

簡単に 手で操作すると
再生スピードを変えられたり…。

これ ちょっと
ゲロゲロって音に近いな

みたいなものを
作ってもらうみたいな。

(江崎)そうですね まさに… はい。
(村上)つながってくるよね。

で 実際に まあ 幼稚園に行って

幼稚園のみんなと一緒に

アクティビティーをやってみる
みたいな。

もう 本当 これやってみたあとに

この幼稚園のみんなが

すごく 周りの音に
興味を持つようになって。

(村上)
音への関心の具合が変わるから。

(江崎)そうですね。 なんか
「僕 この音 好きだな」とか。

なんか 「滑り台をたたく音って
僕 一番好きだ」みたいな…。

(村上)ええー! 素敵!

なんか やっぱ
そういうところが入り口だと

なんか みんな 自分の音楽
作ってみようみたいな事を

もっと簡単に思えるように
なるかなと思ってやってましたね。

しかも バンドやりながら
っていうとこですもんね。

(村上)プロとして
活動もしながらですから 当然。

(江崎)そうですね まあ 確かに
きつい時はありましたけど。

そうですね
論文出す時とか ちょうど…。

(村上)
そんな裏側 聞きたくないよ。

論文書いてたん?
(村上)『白日』の時

早う帰って 論文仕上げな!
と思ってたの?

いや 楽屋から提出しました。
(高橋)ええー! 『紅白』の?

楽屋から提出してたんですか?

『紅白』の楽屋から論文出したん?
出しました。

いかがでした?
文武さんの この経歴。

いや でも 文武らしいといえば
すごい らしいなというか。

なんか すごい
なんでも詳しいんですよね 彼。

(村上)しゃべってたら。
(常田)そうそうそう。 なんか

それぞれの分野
どんどん掘っていく

みたいなタイプなんで すごい
文武らしいなと思ったんですけど

まさか こんなに コンテンツを
持ってるとは思わなくて。

続いては King Gnu
常田大希の2つ上の兄であり

millennium paradeの
メンバーとしても活躍する

常田俊太郎。

King Gnuは
その時 やっぱり あの…

身内ながら格好いいバンドやな
っていうのはあったんですか?

そうですね。 格好いい
バンドだったんですけど

今より もっと こう
アングラというか

コアな感じの音楽性だったんで

正直 売れるとは
あんま思ってなかったですね。

(村上)はあー…。
(高橋)ええー!

(村上)さあ では
常田さんの音楽人生ですが

年表 さらってまいりましょう。

ロボットエンジニアや!
(村上)ここで!

(安田)そうなの?

お父様は ロボットエンジニアで
いらっしゃって

お母様はピアノ…。
(常田)そうですね。

(村上)で 祖父は…

はい なんの開発かというと
こちら。

カラーテレビの開発に
携わっていたという。

(古田)いやいや いやいや…。

(安田)ちょっと 出だしから
おかしいやん これ もう。

(高橋)
おじいちゃんにお礼言うといて。

祖父が東芝で えっと…
カラーテレビ 開発してて

父親も そういうメーカーで

研究 開発というか。

で 同じく…。
(高橋)お母さんはピアノ。

(村上)4歳の頃 お母様に

ピアノを習い始めますが…。

同じく…。
(高橋)お母さんはピアノ。

(村上)4歳の頃

お母様にピアノを習い始めますが

1週間で
断念。

バイオリンを習い始めるという。

へえー!

ちょっと ハンドルの切り方
おかしい…。

でも 結構 あるあるというか
あの…

親がやってる楽器を
子どもに こう やらせる…

自分が教えると 結構
うまくいかないっていうのが

割と こう あるあるでして。
うちも その例に漏れず。

でも なんで
バイオリンになったんですか?

(常田)そうですね。
親が やっぱり なんか 楽器は

やらせたかったっていうのが
多分 あって。

でも
ピアノ 教えてみたんですけど

私 こんなに弾けるのに なんで
息子 こんなにできないの?

みたいな感じで… 多分ですけど。

もう 毎日けんかの嵐で

もう イヤだっつって
やめちゃったんですけど。

でも じゃあ 違う楽器で
違う先生だったら

まあ 大丈夫かなみたいな事で…。

そこに通い始めたっていう…。
(高橋)ええー!

(村上)でも 親御さんからしたら
兄貴がピアノ…

私が弾いてたピアノを
やらなかった。

じゃあ 弟 おるから
そっちにやらせようとかいうのも

家庭内では あったわけですか?

(常田)そうですね。 でも まあ
長男がピアノ ダメだったから

別の楽器で 順調にやってたんで

まあ 弟も 多分 そういう感じで

別の楽器で やった方がいいのかな
みたいな… 多分 感じで。

チェロでしょ?
そうです。 チェロでやって…。

それも
また 近くに教室があったんで。

そんな家ある?

近くにバイオリン教室と
チェロ教室がある家。

(高橋)ないで。
(横山)聞いた事ないわ そんなん。

(村上)聞いた事ないよね?
(古田)俺の…。

(一同 笑い)

(村上)俺のとこも コンビニ…
1個 山下りなアカンかったのに。

その後 小学生の
常田が

好んで聴いていた
というのが

イヴリー・ギトリス。

(村上)何がすごいんですか?
(常田)えっと… そうですね。

結構 こう もう パッと聴いて

あっ これ ギトリスだって
めちゃくちゃわかるっていう

すごい特徴が…。
(村上)他の方との音の違い?

音とか演奏の…
なんていうんですかね。

歌い回しっていう事だったりとか。

やっぱり クラシックって こう…
楽譜をいかに正確にというか

クオリティー高く再現するか
みたいな。

特に 習ってる立場だと
正解があって

それに
いかに寄せるかみたいな事を

求められてるのが やっぱり…。
(村上)コンクールなんか

まさに そこですよね。
(常田)そうなんですよね。

やっぱり ちょっと こう それが
窮屈に感じてる部分もあって。

ギトリスとかは もう ものすごい

そんなのをガン無視した演奏を
展開してるので…。

へえー!
(村上)でも もちろん 基礎が

めちゃくちゃしっかりしてて
っていう 土台があってですよね。

(常田)はい。 普通だとですね…。

♬~(バイオリン)

♬~

(常田)…みたいなフレーズが
あった時に

ギトリスとかの… 曲とかを聴くと
なんか…。

♬~

(常田)…みたいな感じで

結構 こう ビブラートの
グワーとか…。

なんか こう その場その場で
こう… なんていうんですかね。

感情で弾いたりしてる
っていうのが すごい…。

なので すごい 賛否両論ある
バイオリニストというか。

(村上)さあ そして
2004年ですね 14歳。

中学2年生の時… はい こちら。

江藤俊哉ヴァイオリンコンクールで
3位入賞。

元NHK交響楽団の
コンサートマスターであった

田中千香士さんに
師事をするというのが

中2の時。
(高橋)ええー!

(常田)そうですね。

まあ 地元で
こう やってたところから

先生が なんか コンクールとか
出てみたら? みたいな感じで

ちょっと なんか そういうのに
出だしたみたいなところで。

たまたま そこで審査員をされてた
田中千香士先生に

ちょっと お手紙をいただいて。

「君 面白いから 習いに来なさい」
みたいな感じで。

(高橋)ええー!
スカウトじゃないですけど…。

(村上)スカウトですよ。
(常田)そんな感じだと思います。

まあ せっかくだしというか
面白そうなんで

行ってみようかなみたいな感じで
行き始めて。

そうすると やっぱり こう
なんですかね。

地元では 結構 もう…

俺 うまいしとか
思ってたんですけど

やっぱり こう
いろんな人に出会うと

もっと頑張らないといけないな
みたいな感じで…。

(村上)刺激になり?
(常田)そうですね。

そのぐらいから バイオリンメイン
っていう感じになりました。

17の時は もう
バイオリン 完全に専念?

(高橋)専念した?
(常田)そうですね。

(村上)コンクールもね…

日本クラシック音楽コンクール
全国大会5位入賞。

「しかし」とございます。
それがこちら。

東大を目指すため
バイオリンを辞める。

ワーオ!
(横山)ええー!

(村上)どうしたんだろうね?
聞いてみよう。

クラシックのコンクールとかって
やっぱり こう

楽譜を いかに こう
クオリティー高く 忠実に

再現するかっていうところが
やっぱり すごく ど真ん中で。

まあ あんまり それが
自分が得意ではなかった

っていうのがあって。
本当に いろんな人がいたんで

これ 自分がやらなくても
いいんじゃないかというか。

他に これだけ できる人が
いるのであればと。

(常田)いるのであれば
自分も それも…

得意とは思ってなかったんで。
どちらかというと その…

音楽とかカルチャーとかを
こう なんか

仕組みとか構造とか…
そういう裏方的なところから

いろいろ
変えていくみたいな方向も

面白いんじゃないかな
という風に思って。

まあ そういうのやるんだったら

とりあえず 東大 目指しときゃ
いいかなみたいな感じ…。

(高橋)「とりあえず」?
(村上)そこですよ 皆さん。

「バイオリン辞めた」で
「東大 行こう」とはならんでしょ?

(高橋)普通さ
東大の山 見えへんもんな。

だから 見えてるとこには ずっと
いたっていう事ですもんね。

でも
見えてなかったんですけど

見えてると思ってたんですよ。
勘違いしてたんですよ。

目指そうってなって
ひたすら 勉強ばっかり…

突然 バイオリン 一切辞めて
勉強を毎日

めちゃくちゃやり始めて。
(村上)どんな方向転換…。

ほんで 勉強ばっかりの…

勉強漬けの日々になり
18歳。

(丸山)めっちゃ気になるわ。
(村上)はい 見てみましょう。

こちら。

東京大学に
現役合格。

工学部システム創成学科に入学。

東大なんですか?

そうですね。 まあ ちょっと運良く
受かったっていうのもあって。

(村上)まあ でも これ もう
工学部っていうのは

やっぱり ロボットとか
お父様のエンジニアの影響も

やっぱり 少なからず
あるわけでしょ?

そうですね。
あの… 父親から それこそ

ノートパソコンとかが
結構 出だしたぐらいの時に

小学校とかの時に
買ってもらって。

なんか それで こう いろいろ

なんか プログラミングを…
すごい簡単なやつとかを

教えてもらって 父親に。

それで なんか いろいろ
作ってたんですね

小学校の頃とかに。
そういうの好きだったんで。

(安田)早いな。
(村上)早いな。

(安田)考えられへん…。
やばいっすね。

(村上)さあ そして
この18歳の時

どこに所属したか
というと こちら。

東京大学音楽部管弦楽団に
所属という。

(安田)そこでバイオリン
生きてるわけか。

そうですね。 オーケストラの部活
みたいな感じなんですけれども。

ここで 結構…
まあ 今までって こう

1人で弾くっていうのを
ずっとやってたんですよね。

ソロっていうのを
やってたんですけど。

ここで こう
オーケストラっていう形で

集団で
1個の音楽を作るっていうのを

初めて このタイミングで
やり始めて。

そこで こう アレンジとか
あの…

じゃあ
パートがいろいろあった時に

誰に どういうのをやらせるかとか
そういう方面に

結構 興味が出てきて。

で あっ こういう楽譜を書くと

こういう音がするんだ
みたいなのは

こう いろいろ 蓄積されていって
っていうのが

結構 今の音楽の仕事とかにも
生きてるかなっていう…。

せっかくね
高校生までやられてたのに

ここで ようやく また再開できて
よかったなと思うんですけど

でも そうやって
管弦楽団に入っただけで

アレンジの その…
お勉強というのは

独学なわけじゃないですか。

それが どんどん
今につながってるっていうのが

また すごい事だなって
逆に思いますよね。

そして ここで
音楽に専念なのかなと思いきや

22歳の時ですね。
大学卒業後に はい こちら。

経営コンサル会社に入社し

プロジェクトマネージャーに
就かれます。

コンサル行くの? 今度。

まあ 音楽も好きだったですし

やっていきたいなっていうのは
あったんですけど

自分の こう 強みというか

他の人と
違うところであったりとか

どういう立ち位置になったら
こう ユニークになれるかな

みたいな話でいった時に

やっぱり ビジネスとか

そっち もうちょっと経験したいな
っていうのがあって

演奏を弾くとかだけではなくて

ビジネス的な事も
結構 しっかりわかったうえで

音楽とかエンタメとか

そういう産業に向き合いたいな
みたいなところがあって。

いろんな こう 会社の課題とかを

分析したりとか
調査したりとかして

まあ なんか
プレゼン資料とかを作って

提案して みたいな事を
やってましたね。

割と こう 若い年で
そういう経営陣とかと

対等とはいわないんですけど
コミュニケーションは取れる

っていうところが やっぱり

結構 経験としてはいいのかな
というので。

King Gnuの前身バンド

26の時に また
まあ しっかり これは

レコーディング参加ですから
プレーヤーとして。

そうですね。 もう 当時 でも
会社員もやってたので スーツで

プレゼン資料をバーッと
結構 深夜まで作ったあとに

スタジオに行って
楽器弾いて帰るみたいな事は

結構 やってましたね。
(丸山)何? それ。

それは バイオリンを
入れてくれって言われて

入れに行ってた感じなんですか?
(常田)そういう感じですね。

なので まあ なんか

そして 28歳の時に起業し

現在も社長として会社経営を行う。

2人で立ち上げた
会社なんですけど

まあ それもアーティストとして

作品を作るっていう軸とは別で

アーティストが活躍できる場を
作るっていう事だったり

アーティストが こう
より活動しやすくなるための

ツールを作る
っていう事であったりとか…。

まあ その…
なんていうんですかね

作品ではない形で
関わっていく事で

なんか こう より みんなが
活動しやすくなったりとかが

いいのかなっていうので。

めちゃめちゃ
有言実行してるじゃないですか。

(常田)そうですね…。
昔から ずっと言われて

思ってた事を。

まあ やるだけならできるんで

まだ こう なんていうんですかね。
結果が じゃあ

満足できるほどのものに
なったか…。

(村上)軌道に乗ってる感覚
というのは これから?

全然これからだな
っていう感じではあるんですけど。

オーケストレーションとして
担当して参加している分

スマホアプリに対しての この…。

あっ でも それは本当に
感じてるところではあって。

やっぱり アーティストさんと
会話する時にも

なんか こう
会話しやすいというか

やっぱ わかってくれてる感は
多分 感じてくれてるのか

わかんないですけど あの…

結構 お互いに生きてるかな
っていう感じはしますね。

弟さんとも
こういう話 するんですか?

会社の話だったり…。

弟は 結構 ビジネスに
そんなに興味がないんで

音楽の話はするんですけど
あんまり こう

ビジネス的な話は そこまで
しないかもしれない…。

(村上)あっ そうなんですね。

むしろ マネジャーの方とかと
したりとかしますけどね。

(村上)ああー!
そっちのね 側から。

いや お二方の話 聞いてて

人生が 型にハマらない
人生じゃないですか。

自分がやりたい事を
その場でやっていく人生なのに

型にハマらなきゃいけない
クラシックを

やられてるっていうのが

面白いなっていうのが
なんか 感じましたけどね。

(村上)でも みんな…
2人とも すぐ分析するからな。

なんか すぐ分析して解剖して
っていうのがね。

続いては すご腕ぞろいと
音楽シーンで高い評価を得る

CRCK/LCKSをはじめ

CM音楽や映画音楽も手がける
小田朋美は…。

あったんだなっていう…。
(一同 笑い)

(江崎)いや さすがに ないですね。
(村上)ねえ これは。

江崎や常田も驚く

僕 入学した時に

すごく面白い先輩が
いらっしゃるなと思って

(村上)あっ 追ってたんだ もう。
(高橋)学校で有名やったんですか。

(江崎)入学した時に 結構
衝撃的な演奏というか されてて。

矢野顕子さんと一緒に

学園祭で演奏されてた
っていうのが すごく衝撃的で。

(高橋)ええー!
(安田)一緒に演奏されて…。

みんなのルーツって
どうなってるわけ? もう。

濃いところに 太いパイプとなり
今や。

でも まあ この経歴。

まあ 皆さん やっぱりね。
(丸山)やっぱ そっか。

(村上)はい。
もう幼くして

まずは こちら
3歳の時に

ピアノ教師の
お母様に

ピアノを習い始める
という。

(小田)そう… 常田さんと一緒で

本当に
うちの母がピアノの先生で

教えてくれてたんですけど
本当に やっぱり

クラシックあるあるで

反りが合わないと
大変な事になっちゃって。

もう すごい気まずいビデオが
残ってて… ホームビデオが。

その時の映像が こちら。

(高橋)「可愛い」

♬~『きらきら星』

(横山)「いや すごいやん。
3歳やろ?」

♬~

「ソ ソ ファ ファ」…
もう1回。 失敗。

(一同 笑い)
(山田)1回間違えただけ…。

常田さんは
そういう怒られ方はしたの?

そうですね。 まあ
結構 厳しかったんですけど

練習が止まると
練習室に入ってきて

練習しなさい
みたいな感じになるので…。

(村上)悪いやっちゃな!
悪いやっちゃな!

いや でも なんか
うれしいですけどね。

そういうところ
あるんだなと思って。

急に ようやく…。
(常田)結構 あるあるですね。

小田さんは
辞めようとは思わなかったの?

ピアノは… そこは思わなくて。

私が救われたのが
なんか その…

自分で好き勝手に弾く
っていうのが 結構 好きで。

だから 間違ったりっていう事を
責められない世界に

勝手に逃げ込めるというか。
(村上)へえー!

でも 5歳の時

ピアノを習ってた
小田さんは

ベートーヴェンに…
こちら。

5歳で 良さ
わかるか?

(村上)何を感動したんですか?
ベートーヴェン。

ベートーヴェン
母親が聴いてるのを…

あっ 弾いてるのを見て

なんか ベートーヴェンって
まだ生きてるなと思って。

ベートーヴェンが死んでない
みたいな感じが すごいあって。

作品が生きているっていう事に
すごい憧れて。

(安田)ああー…。
(高橋)5歳の時に?

(村上)その感覚 なりますか?
5歳で。

じゃあ その時に作曲したのとかも
覚えてらっしゃるんですか?

(小田)そうですね。 一番最初に

ピエロの曲を書いて

「楽しいピエロ」
っていう曲があって。

♬~(ピアノ)

♬~

(安田)うわー…。
(村上)できてる。

できてるじゃないですか。
(高橋)全然いけますよ。 なんか…。

「楽しいピエロ」なんですけど…。

ピエロが 悲しいっていう事を
すごい思ってて。

そのピエロの悲しさが…。

♬~(ピアノ)

♬~

(高橋)スベってくれよ もう。
(山田)なんでだよ。

(安田)3部作で聴かされたら…。

(小田)…みたいな。
(村上)どんな5歳やったのよ!?

(安田)早いって。
(山田)なんでなんだよ?

文武さんとか どう聴くの?
5歳が作ってたと思えば。

(江崎)いやあ…
こんな感情のバリエーション

あったんだなっていう…。
(一同 笑い)

(江崎)いや さすがに ないですね。
(村上)ねえ これは。

ピエロが悲しく見えた
って事ですよね?

演じてるように見えた
って事ですよね?

ピエロも そうだし

チャップリンの曲が
あるじゃないですか 有名な。

あのチャップリンの曲が
流れてるオルゴールがあって

それが
ピエロの格好してたんですけど。

その 多分 音楽が
すごい物悲しく感じて

ピエロって悲しいんだな
みたいな気持ち…。

(村上)ちょっと まあ
画から入ったのもあるから…。

(小田)そうですね。 そうそうそう。

さあ そして
年表 戻りますけれども。

この5歳を経て 小学生時代…。
(古田)まだ小学生?

(村上)はい。
さあ 何にハマったのか…。

バッハの格好良さなんか
いまだに知らんで。

それまでは 結構 あの…

メロディーと伴奏
っていう感じで…。

♬~(ピアノ)

…みたいな感じで 分かれている
っていう感じだったんですけど。

バッハだと 結構 左手も右手も

メロディー用になっていく
っていうか。

みんな対等に動く
みたいな感じになって

なんか それが すごく
スリリングに感じたんですよね。

(高橋)例えば
どういう曲があるんですか?

(小田)なんか…。

(小田)…って 左手が動いて 次。

(小田)っていう風に 同じ音型…

それが ちょっと
展開されたような音型が

右手でも左手でも
こうやって出てくる

みたいな曲があるんですけど。
(高橋)へえー。

(小田)なんか それって こう
聴いてても楽しいんですけど

楽譜を見ても すごい…

『テトリス』みたいな感じ
っていうか。

あっ この図形がここにきて

あっ ここにきてハマったな
みたいな

パズルゲーム
みたいな感じ…。

同じような音型が

たくさん展開されてると
思うんですけど。

だから 目で見ても
楽しいし

聴いても楽しいし
結構 弾いてても楽しい…。

こういうのって
目で見て楽しいんですか?

(江崎)楽しいですね。
(村上)楽しいんだ。

でも 本当に
『テトリス』っていうのは

本当に そのとおりだなと思って。

(村上)どういう事?
(江崎)いや なんか その…

でも ぼんやり
ちょっと遠目に見ると

なんか かみ合って
ハマってるな みたいなのが

なんか こう 見えると
思うんですね。

見えへん。 見えへん。
(江崎)なんか そうなんですよね。

ハマる気持ち良さ みたいな。
(小田)そうそうそう。

えっ 常田さんも?
(常田)そうですね。

見た目のビジュアルを
なんとなく覚えといて

じゃあ この曲の…
つけます みたいな時に

あの曲の楽譜の絵
こんな感じだったから

多分 こういう風に組んだら

こういう音になるだろうな
みたいなのを

結構 図… なんとなくの こう…。

…みたいなのは
あるかもしれないですね。

(丸山)特殊やな みんな。
(村上)特殊よ!

特殊能力よ それは。

わかる わかる! とは
ならへんもん。

その後 国立音楽大学附属高校に
進んだ小田は

合唱部に所属。

(村上)ここで
急に合唱に行くんですね。

そうですね なんか
すごい熱い合唱部で

『勇気100%』っていう曲
あるじゃないですか。

(村上)はい。
(小田)なんか あの曲の

サビの前の「Hey Hey」って
あるじゃないですか。

あの「Hey Hey」を どれだけ本気で
言えるかみたいな 全員で。

「Hey Hey」ってやって
「違う」みたいな…。

(村上)0 100で キー上げたら
ダメですよ

ドキドキするから みんなが。
(安田)急でしたわ。

いや やってるやんか。
(山田)やってましたけど

「Hey Hey」の時に
レコーディングの時に

その空気には なんなかったです。
もっと上げたい みたいなのは

さすがに なかったですけどね。
(小田)そうですね すみません。

コーラスとかの魅力にも
ハマってたって事ですか?

なんか 編曲が面白いなとか

作曲が面白いなっていう事が
声だけで…。

結構 バイオリンとかと
似てるかもしれないですね。

(村上)えっ?
(小田)ストリングスだけで

みんながメロディーを
奏でていくっていうのと

合唱部で みんなが そうやって
音を支えてるっていうのが

結構 近い感じがしてて。

作曲的な興味と
まあ 歌うっていう事が

両立できる場
っていう感じ。

二十歳の時
東京藝大に入学。

音楽サークル
VOICE SPACEで活動。

そして 卒業直前

津軽三味線の名手

二代目高橋竹山と出会い

演奏会に出演。

津軽三味線のパイオニア
という感じの

初代の高橋竹山さんっていう方が
いらっしゃるんですけど。

その二代目の方で
女性なんですね。

三味線って本当に その…
民謡の世界 全然触れた事なくて。

本当に あの… テレビで

ちょっと聴いた事あるかな
ぐらいだったんですけど。

竹山さんと出会って

で 初めて あの…
古民家で 150年ぐらいの

すごい立派な
お宅なんですけど。

そのお宅で 竹山さんの
三味線と歌を聴いた時に

こんな格好いいんだな
っていう風に思って。

それからは
民謡をやらせていただいて…。

(村上)はあ…。
(小田)結構 クラシックを

ずっとやってきちゃって
それが当たり前っていう風に

なんとなく思ってた事が

なんか 民謡だとか
あと アイリッシュバンド…

アイリッシュ音楽のバンドとかも
やってたんですけど。

なんか クラシックで
当たり前だと思ってた感覚が

全然 当たり前じゃなかったんだな
っていうのを感じて。

クラシックやってたけど
クラシックの外に出てみたら

クラシックって こうなってたんだ
っていう風に

逆にわかったみたいなところが
ありました。

二代目高橋竹山と

小田のステージが こちら。

♬~『ホーハイ節』

♬~(歌)

♬~「ばばぁ」

♬~「ばばぁ」

♬~「ばばぁの腰ゃ」

その後 28歳の時に
初めてのバンドとして

CRCK/LCKSを結成し
今に至る。

今日 最後に
お三方での特別セッションを

ご用意していただけた
という事ですので。

今回 3人が
セッションしてくれるのは

音楽界の
異端児として

後世の
アーティストにも

多大な影響を
与えた

(江崎)音楽っていうのは
家に置いてある家具のように

その場に ちょこんと
存在しているだけでいいんだよ

みたいな事を提唱した人で。

それは やっぱり その…
クラシックの音楽っていうのが

どんどん エンタメとして
大編成になって こう

演出が すごいものになっていく
みたいな事への

(村上)では…

よろしいでしょうか?
お願いします。

♬~(演奏)

♬~

♬~

♬~

♬~

(拍手)
(古田)おお…!

(安田)うわ すげえ。

結構 シュールな感じで。

(村上)すごい…
ずっと綱渡りしてるような。

(江崎)そうなんです。
なので その… 音楽は 必ずしも

積み重ねて作っていく
っていうものだけではなくて

いろんな作り方があって
いいんだよという。

カウンターでしたね 確かに。
奈緒ちゃん いかがでした?

(松下)なんか
ちょっと不安定だけど

何かを隠してるようでもあり

最後 なんか
ちょっと平和的な感じもするし。

でも なんか
輪郭のはっきりしない感じも…。

(松下)もやっとした感じ…。
(村上)ふわっとね ありながら…。

さあ 茂雄君 いかがでした?

皆さんの経歴が
めちゃくちゃすごいんですよね。

だから 自分の その…

歴史も振り返ったら
なんか 恥ずかしなってきたもん。

年表 作りますか? 今度。

…されるとか。
(一同 笑い)

♬~「会いたいんだ
会いに行くよ」

(山田)
僕たちが出演するドラマ

『俺の可愛いは
もうすぐ消費期限!?』が

今週
ついに最終回を迎えます。

康介と和泉との恋の結末は
一体 どうなるのか?

(古田)30年後の康介が
やって来た理由は なんなのか

全てが わかります。

(山田・古田)『俺かわ』
最終回1時間スペシャル

今週 土曜日です。
ぜひ ご覧ください。

(山田)お願いします。

そのピエロの悲しさが…。

そして 今週も
TELASA TVerで配信。

どんな5歳やったのよ!?

♬~「キッチンにはハイライトと」

次週 弾き語りの名手たちが集結。

実演を交え 魅力をたっぷり解説。

次で ちょっと明るくするんです。

♬~「無いから」
(高橋)へえー!

弾き語りならではの名演も。

弾き語りの方が自由度 高いよね。
(村上)そうですよね…。

Source: https://dnptxt.com/

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